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YUKO MOHRI
Artist ISSUE 3 2025 AW

2024年のヴェネチア·ビエンナーレ国際美術展で日本館代表を務め、現在はミラノのピレリ·ハンガービコッカで個展“Entanglements”を開催中の毛利悠子。日用品など普段目にする身近なものを使い、電気や磁力、音と組み合わせたインスタレーションを多数発表している彼女に、創作の原点を聞いた。

毛利の代表的な作品「モレモレ」シリーズは、地下鉄で起こる雨漏りがきっかけで生まれた。駅員たちがバケツやビニールシートを用い、即席で雨受けする様を写真に収め、またその手法をインスタレーションへと発展。前述のヴェネチアでも展示されたが、素材として使用された台所道具や家具などはすべて現地調達。同シリーズは、フランスやオーストラリア、中国でも展開されている。ワークショップも多数行われた。私たちが何気なく見ているものに面白さや価値を見出し、作品へと昇華させる。駅員の器用仕事(ブリコラージュ)に着目した視点がユニークだが、その独創的な表現はどこから生まれたのだろう?

 

「そもそも表現はアーティストだけの専有物かといえば、そうではありません。自分が表現のプロであることを疑い続けながら活動しているので、子供がのびのびと表現するような、無意識になされている。“野良表現”みたいなものを探すことにも興味があったんです。大竹伸朗さんが昔から実践されていますが、そういった“野良表現”から得られるインスピレーションには多大なものがあります。水漏れ現場を面白いと感じる人はたくさんいると思いますが、それを本気で作品にしている人は少ない。私も最初は趣味で写真を撮っていただけでしたが、現代アートの文脈で表現するときに、方法や趣向など、5年くらい試行錯誤を経て今のアウトプットに至りました」面白いものを見つける鍵は、移動にあるという。「同じ場所に留まっていると作品がつくれない。移動はポリシーに近い」。環境やルーティンを変え、制作場所を変えることで、新鮮な眼差しが生まれる。新幹線の車内販売や宅配ロッカーの説明係、銀座のクラブなど、アルバイトもたくさん経験した。一つの場所にじっとするのではなく、思い立ったらすぐ行動。極め付けは、コンビニのついでに、沖縄に行ってしまったこと。それも、映画『ナビィの恋』が流行っていたから。そのフットワークの軽さが刺激となり、インスピレーションになる。いまだに制作に行き詰まると積極的に動く。

「昨日は山口の萩を訪れていたのですが、昔、秋吉台の鍾乳洞で、おばちゃんが石に手描きした、ひしゃげたミッキーマウスとかドラえもんのおみやげ品がたまらなく魅力的で、10キロぐらい買って帰ったことを思い出しました。愛知県の常滑では古い乳母車が朽ちてたまたま野ざらしになっていて、畑仕事をしていたおじさんに『これは捨てるものですか?』と聞いたら、『僕が乗っていたものです』って。かわいかったので、いただいて帰りました。ただ、申し訳ないことに、まだ作品にならないまま実家で野ざらしになっています(笑)。こういう、モノに宿るストーリーだけでもぞわぞわするというか。そこから作品のテーマを思いつくこともあるんです」学校が廃校になったと聞けば、不要になった楽器や理科の実験道具をもらいに走ったことも。集められたモノは倉庫に大量にストック。それらはテーマによってパズルのように組み合わされ、作品となる。移動することで作品の原石を拾い集めているわけだが、毛利は過去のインタビューで、エラー、インプロビゼーション、フィードバックが自身のキーワードだと語っていたことがある。

 

「知人の石橋英子さんや大友良英さんなど、実験的な音楽をやっている人たちは、その場の“即興”で表現を変えたりしますよね。そこがコンサートを見ていて一番ゾクゾクするところで。そういったワクワクは、現代アートではなかなか出会えないけど、自分の作品でできたら楽しいな、と。“フィードバック”は、一回で終わらせないで繰り返し循環させることでパワーアップしていく運動のこと。“エラー”は、失敗してもくじけない……というかむしろ失敗した方が、気づきがある、そういう実験し続ける精神のこと。ホワイトノイズから新しい音楽が生まれる、みたいなことをアートでやりたいと思っているんです」

音楽は常にそばにあり、彼女のインスピレーション源だ。ピアノも12年間続けたが、練習曲が嫌いで急にベートーヴェンの『月光』を弾きたい!と言い出す生徒だった。高校時代にジョン·ケージと出会い、ピアノ演奏の概念自体を遊んでいる感じに惹かれた。五線譜ではなく、図形のように描かれたヤニス·クセナキスの楽譜にも興奮した。ピアノを演奏することよりも、道具として考える方がしっくりきた、そんな思春期だったという。

 

最新作は、現在ミラノで1月まで開催中の個展“Entanglements”だ。“もつれ”を意味するタイトルにしたのはなぜだろう。「“量子もつれ”というまったく理解できない理論に興味がある……のですが、もっと身近な話だと、ケーブルって放置しておくとなぜか絶対に絡むじゃないですか。逆に言うと、絡んでいないケーブルは見たことがない(笑)。ケーブルが絡み合うのは量子もつれとは関係なさそうですが、両方とも、そうは見えないけれど自然現象の表れだったりする。

 

昔、スパイラル構造について考えたことがあって。渦巻や唐草模様は古今東西で描かれてきた永遠の生命力の象徴でした。他方、ケーブルも電気効率を高めるために、中の電線を撚ってスパイラル構造にしてあるんです。ケーブルをコイル状に巻くと、電気がぐるぐる回ってそこに、磁力が生まれる。唐草模様も撚り線ケーブルも、スパイラル構造をとって見えないエネルギーを発現しているんだ、とオーバーラップしたんです。“もつれ”の場合は、もっと複雑にエネルギーが絡まっていく感じとか、うまくいかない感じなのかな?絡み合ったケーブルをほどくのは面倒だけれど、そこにはなぜか絡み合う必然性がある。そういう現象をポジティブに捉えたくて、このタイトルに決めました。なんとなく、いま、流行している合理性とかタイパ·コスパといった考え方の真逆に“Entanglements”がある気がしていて。無駄な動きをしている方が、結果的に納得がいくことが多い気がする」

ミラノの展示は、初となるレトロスペクティブなので、現地調達なし。会場では、音のバランスなどを聴きながら設営するそうだ。事前準備をして、空間構成は柔軟に。

 「来年はニューヨークのギャラリーで個展を開くのですが、アメリカはいま関税問題で大変。こんな不安定な社会になったことで、現代アートの中心地であるアメリカすら、アート自体が入らなくなる危機感が抱かれています。そんな時代に、『悠子ならインプロで制作できるよね』といった需要が増えてきてもいる。戦争はひどいし経済状況もおかしいなかで、システマティックではない、人間的な柔軟性が求められているのかもしれません。

ヴェネチアでも、アーティストは皆、どうやってこの大変な時代をアート·ヒストリーに刻むのかを考えていました。その模索にはとても共感するのだけれど、問題が大き過ぎて、提起するだけでも表現としての体力がいる。そしてそれを観る側にも、同じくらいの体力が求められます。そんななかで私が提示したのは、一番手前にある小さな解決だった。例えば、大きな津波はそう簡単に解決できないけれど、それを分解して、まずは小さな水漏れから解決してみよう、と。それは問題を卑小に捉えることではなく、大きな問題に回り道で近づくトライ·アンド·エラーの一歩なんだ、という評価をヴェネチアで多くもらえて、うれしかった。空気が抜けて景色が見えてきた、しかもプレイフルに感じたよ、って。

 

大きなテーマを掲げることはとても重要ですが、切迫した状況のなかだと人は自分を見失ってしまいがちでもあります。大きなテーマを無理して抱えるよりも、小さく分解して、自分の好きなお気に入りのことを積み重ねていくうちに、いつのまにかもう一度大きなテーマに出会うことができたらいいですよね」

PHOTOGRAPHY:

Naoki Takehisa

kugeyasuhide

Mai Kise

Photo courtesy of the 23rd Biennale of Sydney

MAKE-UP: Suzuki 

INTERVIEW: Mika Koyanagi

Questionnaire

1

あなたは何をしている人ですか?

アーティストです。おもにインスタレーション作品をつくっています。

2

あなたの仕事で一番好きなことを教えてください。

毎日発見があること。素材を発見したり、新しい人と出会ったり、新しい場所に行ったり……常に新鮮な気持ちでいられることが好きなところです。

3

今の仕事をするきっかけになったことは何ですか?

もともと何か作品をつくったり、表現をすることが得意だったわけではありませんが、自分が面白いなと思ったことを追求していくことが好きで、それを続けていった先に消去法的にですが表現する立場になっていた、というのがリアルなところかもしれません。

4

これまで最も影響を受けた人物は誰ですか?

いろんな偉大な作家、あるいは友達や家族、初対面の人からでもインスピレーションがあるので、一人選ぶことはできないです。

5

あなたを3つの言葉で表すと?

騒がしい・せっかち・のんびり。

6

あなたを上げてくれるものは?

お酒と音楽。

7

今一番興味のあることは何ですか?

健康であること。45歳という節目で、健康にがぜん興味が出てきました。

8

これなしでは生きていけないもの3つ

友だち、お酒、車。

9

いつも必ず持ち歩いているものは?

クシ

10

モーニングルーティンは?

毎朝の運動。

11

インスピレーションが降りてくるときは?

インスピレーションが降りてくるときは予想ができないので、いつも油断なりません。

12

時間を忘れるほど夢中になれることは?

作品をつくっているとき。特にスタジオでの制作よりも、美術館に入ってインスタレーションがいよいよ佳境を迎えたとき。

13

あなたにとって最高の贅沢は?

自然の絶景の中で、めっちゃ美味しいおにぎりを食べるとき。

14

刺激を受けるのはどんなとき?

さっき似た質問があった気がするのでパス。

15

一番好きな色は?

グリーン

16

逆境に直面したときどのように向き合いますか?

最高だと思っている。テンパるけどすごい興奮もしていて、逆境があるほうが結果的に好転している気がします。

17

人生で最も重要な決断は何ですか?

わかりません。「最も」という条件を足されると急にわからなくなります。

18

人生で最も感動した瞬間は何ですか?

これもわかりません。常にあるとも言える。

19

最近読み終わった本は?

最近は忙しくて、最初から最後まで読むというより、必要そうな箇所だけ目を通す、というスタイルになっていて悲しいです。

20

好きな作家は誰ですか?

レオ・レオーニとかブルーノ・ムナーリは子どもの頃から好きです。

21

本棚にある本で好きなものを3つ教えてください。

『ブランクーシのフォトグラフ』 エリザベス・A・ブラウン

『物理学の誕生――山本義隆自選論集Ⅰ』 山本義隆

『アトリエ』 ゴーティエ・デブロンド

ただし、上の2冊は本棚ではなくてトイレに置いてある本です(笑)。

22

今旅するならどこに行く?

スリランカ……いや日本の山かな、那須高原とか。インパルス板倉のYouTubeの影響です(笑)。

23

最近、心を動かされた瞬間は?

最近大きい絵を描いて、それは自分に新しい感覚をもたらしました。楽しかったです。

24

最も印象に残っている場所は?

答えられません。「最も」と言われると、不思議と思考がストップしちゃいますね。

25

子供のころからずっと好きで続けていることはありますか?

移動すること。

26

最近よく聴いている音楽は?

『Antigone』石橋英子

『Live At Glasshaus』Bilal

Ca7riel & Paco Amorosoのライブ(コーチェラやフジロック)

27

好きなミュージシャンは?

選べないけれど、ミュージシャンという存在自体が私にとってインスピレーションを与えてくれるので、なるべくコラボレーションしたいと思っています。

28

これだけはゆずれないことは?

反戦

29

好きな映画を3つ教えてください。

『レミーのおいしいレストラン』 ブラッド・バード

『マダガスカル』 エリック・ダーネル、トム・マクグラス

『崖の上のポニョ』 宮﨑 駿

30

今までで一番刺激を受けた出会いは?

すべての出会いに刺激があるからな〜。

31

初対面の人に対して最初に目がいくポイントは? 

目を合わせて話してくれるかどうか。あと口角の上がり具合。

32

記憶に残っている香りは?

古い扇風機に電気を通したときの焼けた埃の香り。

33

人から受けた最善のアドバイスは?

「同じことを繰り返しても別に気にしなくていい」と言われたのは自分にとって大きかった気がします。新しいことに挑戦するハードルがかえって下がった。

34

寝る時に着るものは何ですか?

お風呂上がりにバスローブを着て、寝るときにTシャツとズボンに着替えます。

35

大切にしている価値観はなんですか?

一呼吸置く。

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