book select by Yoshitaka Haba
Book Director
ISSUE 2 2024 AW
「丁寧に本を差し出す」。選書家・幅允孝が主宰する「BACH」のウェブサイトに掲げられた言葉だ。書店や図書館はもとより、動物園や病院、銀行といった意外性のある施設にライブラリーを作り上げ、様々なショップで本の売り場をディレクション。時に編集者として制作に携わり、昨年京都に予約制の私設図書室兼・喫茶「鈍考 donkou/喫茶 芳」もオープン。ブックディレクターという新たな肩書きすら生み出した、まさに本に魅入られた彼が考える“オブセッションな本”とは?
Helix 山上新平
「鎌倉の長谷を拠点にしている写真家・山上新平の最初の写真集。彼は一般的な写真家の道ではなく、ただ純粋に「ものを見る」ことのみに集中し、毎日早朝に自宅の裏山に入ってひたすら木を撮り続けたんですね。それが普通のデジタル一眼レフなのに、枝も葉もこの細やかさで、「このままだと彼岸に行ってしまうかも」って心配になったくらい。本人はよく「眼差しの解像度」という言葉を使うのですが、それをとことん上げるとこういう世界が見えてくるという、ひとつの極点なのではないかと。この徹底した凝視、精神性の高い眼差しをぜひたくさんの人に知ってほしいと思うんです」
わたしはわたし 熊谷守一
「熊谷守一は、描きたいものが描けず、何十年も葛藤しながら食えない日々を過ごした油彩画家。そして60歳を超えて辿り着いたのが、この究極にシンプルな動植物の絵なんです。さらりと描いているように見えますが、実はそうではなくて、観察に観察を重ねた末。地面に頬杖をついてアリを何年も見続けて、2番目の左足から動き始めることを発見し、ようやくその絵を描けたというのは有名な話。自分の線と色を待ち続けた本人の忍耐力と観察眼がオブセッションだし、だからこそお盆に卵が載 っているだけの絵の線にも、どこか必然性を感じさせるんですよね」
Tools of Disobedience Melanie Veuillet
「スイスのとある刑務所で、囚人たちが配給品をDIYで改造して作った没収品の写真集。牛乳パックで作ったラジオとか、靴下に石を入れたヌンチャク的なものとか。ベースにあるのはおそらく生きることへの執着。「Disobedience」(不服従)というタイトルのとおり、刑務所という極めて限られたタフな場所において、昨日よりも今日をなんとか良くしたい。あわよくばいつか抜け出したい、という切実さがもたらす究極のクリエイション。その稚拙なところや、こんなモノで逃げ果せると思っている妄想のチャーミングさも含めて涙ぐましくて良いなと」
死の棘 島尾敏雄
「文学史上、最も壮絶且つ崇高な夫婦の喧嘩の話。思いやり深い妻が夫の不貞を目の当たりにして怒り狂う。夫は最初なだめようとするのですが、そこからの展開がすごい。彼女が夫の過去を暴き、訊問し始めると彼は徐々に自らを貶め、汚い部分をさらに曝け出していく。救いを求める汚き人間の夫と、それを許す神的な存在である妻という構図は、宗教のそれ。作者の島尾がキリスト教者だったからでしょうね。そしてギリギリまで追い詰められた二人の関係が、最終的には夫婦の究極の愛の物語に昇華されるという。読後は宗教画を観た後のような、不思議な気持ちになります」
かくなる憂い: 草間彌生詩集 / 草間彌生
「オブセッションという言葉を聞いて、最初に思いついたのが草間彌生なんです。これは彼女の最初の詩集で、生きること自体がとても苦しい中で作品を作り、詩を書く自身の来歴を、写真を交えて記録のように提示した本『私に向かって反乱を起こすから、私は私の心臓が嫌い』という一連のくだりには、自分の得たい安寧と、どうしても抗ってしまう体と心という不均衡がよく現れている。そして、それを創作へのエネルギーに転化しているのは尊敬に値するし、興味深くもある。強迫観念のような、偏った何かが言葉を詩という表現から感じてみては」
book select
by Yoshitaka Haba
PHOTOGRAPHY: Tamami Tsukui
INTERVIEW & TEXT: Hiroko Yabuki