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RENA KUDOH
Artist ISSUE 3 2025 AW

工藤玲那の作品は、既視感と未知のあいだに現れる存在のようだ。その曖昧な境界から生まれ、一度見たら忘れられない強烈な存在感とインパクトを放っている。現在は、拠点を持たずにさまざまな土地に滞在しながら作品を制作し活動している。将来的にはスタジオを持つことを考えてはいるが、一拠点での生活は彼女には想像できないという。ユニークな造形がどのようにして生まれてくるのか、彼女はどんな日常を送り、何を思いながら作品を作り続けるのか。固定化された意識や概念を覆し新しい視点を提示する彼女の姿勢とは?

アーティストになろうと具体的に決意したことはなく、「何かを作っていない自分は想像できない。作らない選択肢はない」と工藤玲那は、断言する。アートに触れたきっかけは、幼稚園の頃、祖母の従姉妹が色鉛筆でとてもきれいな絵を描く人で、その人の画材を借りて絵を描き始めたことだ。東北芸術工科大学芸術学部美術科洋画コース在学中、共通演習で“土”と出会い素材の変化についてこう語る。「美術科の共通演習で初めて陶芸科の粘土に触ったとき『これだ!』と運命的なものを感じた。むしろ粘土に選ばれたような感覚だった」。大学卒業後の半年間は、研究生として大学のアトリエを借り、共通演習の際に学んだ基礎を頼りに自分の感覚で制作していた。その後、滋賀県の信楽陶芸の森のアーティスト·イン·レジデンスに参加したことをきっかけに日本だけではなく海外のレジデンスにも参加し、たくさんのアーティストと出会う。基本は独学だが、他のアーティストが作っているところを観察したり、教わったりして得たことが知識として身についた。絵画やドローイングは描きつつも“土”に 夢中になった彼女は、陶芸ついて「焼き方によって色の出方もさまざま、釉薬の種類も無限大。もちろん土の種類もたくさんあるので飽きることがない。粘土は一生かけてもやりつくせないほど奥が深い」という。

 

作品を生み出す過程は、いろいろな土地を訪れ、まず街を歩く。そのときに受けた刺激がいつのまにか作品に投影される。「作っている最中は正直わからないが、あの街角でよく見かけた猫に似ている」と後から合点がいくことがあるようだ。滞在している街でいつのまにか受けた刺激が記憶となって作品に繋がる。また、そのときの時間を一緒に過ごした人からの影響も受け取っているのだと。「作品制作は周囲を映すもの。自分の中から湧き出たというのではなく、いろいろな土地に行き、そこでいろいろな人と出会い、さまざまな経験をしてそれがいつしか反映されている。またそのとき抱いた感情も反映されることがたまにある」という。 

制作活動と日常の境目はどこにあるのか。彼女は散歩が好きで、とにかく歩く。静まり返った夜中にも散歩をする。街を歩くことが、彼女にとってのインプットの源になっている。なにしろ彼女のインプットとアウトプットのサイクルは人よりもずっと速い。そのことを「新陳代謝が高め」だと表現した。例えば、Netflixを観ながらでも作品を作ってしまう。スクリーンからの刺激がそのまま作品に流れ込み、アイデアと表現が同時に循環していく。インプット方法は、「一番の刺激は見ることと触れること」。最も大きな感覚は「見ること」だ。さらに「見る」という行為について、何かを見て口の中がモニョモニョするような違和感を覚えることがあり、条件反射的な感覚も受け取る。彼女にとっての視覚は、単なる情報ではなく、身体的な反応とも深く結びついた感覚なのかもしれない。

 

最近、彼女は母との会話で驚くような事実を知った。「母は以前から霊感が強い人で、母に見えていた霊的な存在と私が制作している造形が驚くほど似ていた。例えば、“異常に足だけが長い存在”を母が見たことがあり、ちょうどその頃、私も足の長い造形物を制作していました」。単なる視覚のインプットにとどまらず、母が受け取ったエネルギー的なものを無意識のうちに拾い上げていたのかもしれないという。

2022年に宮城県の塩竈市杉村惇美術館の『若手アーティスト支援プログラム Voyage』に参加した際、母との共同作品を発表している。彼女の母·リャンさんは中国出身であり、料理を生業としてきたことから、彼女の作った陶器にリャンさんが中華料理を盛り付けるという映像作品だ。宮城県内の自宅に母が一人で暮らすようになったことと、さらに新型コロナウイルスが流行し、海外での制作活動が難しくなり、一人暮らしの母に会いに頻繁に帰るようになった。一緒に過ごす時間が増え自然と湧く母への興味から一緒に作品を制作したのだという。

 

また、2024年には、宮城県多賀城市の陸奥国府多賀城創建1300年を迎えた記念事業の一環として、『不易』『流行』『共存』の3つのテーマをモチーフにした陶芸彫刻作品を発表している。多賀城市内の屋外に大きな作品が設置されている。3作品には、文章のタイトルがつけられているのだが、それもとても興味深い。そのタイトルについて「直接的ではなく、どこか多次元宇宙のような感覚を意識して考えた」という。遠過ぎず近過ぎない距離感で、「わからないようで、わかる」そんな曖昧で確かな感覚がおもしろい。

キャラクターのような動物のような造形はどのようにして生まれるのか。「作る目的で描いてはいないが、基本的にはドローイングから生まれることが多い」という。特徴的な長い手足は、手を動かしていると自然に出てくる形。小さい頃から虫や甲殻類に興味があり、生き物のカッコいいと思う特徴的なところは彼女の記憶に刻まれている。さらに生き物だけではなく、車輪を備えた無機物も同様にカッコいいと記憶しているため、それらが垣根なく反映されている。彼女は自分が見たいと思うものを自由な感覚で作っている。モノとしてのカッコよさ、色合い、細部に至るまでこだわり抜き、特に顔や表情は最も重要だと教えてくれた。彼女の記憶と訪れる街の刺激、出会う人からの影響が混ざり合って生まれるのだ。

彼女は、全国各地にアーティストや陶芸家の友人が多く、訪れた街でその土地の土を使い陶芸窯を借りて焼いている。昔から友人が多いタイプなのかと尋ねると、「人には感情があるということを、本当に理解できたのは中学生の頃で、あまり人の心の揺れ動きに気づくことが苦手で。だから中高や大学時代は、あまり友人は多くなく、外に目を向けることも少なかった。でも、今は少しずつ変わってきて、頭の中のシナプスが外れていくような感覚。結果的には、思い込んでいたことは全く違うと気づいて、今では、人と一緒にいることが楽しい」と現代的でユニークな彼女らしい表現で語った。

 

新しいプロジェクトについて尋ねると、「年内にメキシコのアーティスト·イン·レジデンスに参加する予定」だと教えてくれた。そこで取り組む作品は、「犬と死」をテーマにした映像制作。“死”と聞くと重たいテーマのように思うが、メキシコでは死者を偲び、感謝し、生きる喜びを分かち合う「死者の日」という祭りがある。文化的に“死”を隠さないことが、日本ではなくあえてメキシコで取り組むことを決めたようだ。幼少期に飼っていた犬が死んだ際、親の仕事の関係でなかなか埋葬できず、1週間ほどその死んだ犬と過ごしたそう。そのときヴィジョンを体験し、その当時は、意味は理解できず、今でも完全には説明できないが、記憶として強く残っている。そして最近、親しくさせてもらっている方の犬が死んだこともあり、その記憶がより鮮明に蘇ってきたと語る。「陶器の作品を作ることも考えたが、このテーマは、映像作品にしたい。映像は一人では作れないので、いろいろな人の協力を得て、人と関わりながら作りたい」と、今の思いを明かしてくれた。

彼女は、曖昧さや不確かさを恐れず、その中に新しい形を見出していく。迷いや気負いのない、ピュアで好奇心旺盛な人であり、その姿は強く、自由で、魅力的だ。

PHOTOGRAPHY: Masami Sano

INTERVIEW: Reiko Ishii

Questionnaire

1

あなたは何をしている人ですか?

アーティストです。

2

あなたの仕事で一番好きなことを教えてください。

図々しくてもみんな優しい。

3

今の仕事をするきっかけになったことは何ですか?

ずっとなにかガサゴソ作ってきたから、その延長にいる感じです。

4

これまで最も影響を受けた人物は誰ですか?

ナゾノ・ヒデヨシ/ 私のヒーローです。はやくこうなりたい。

5

あなたを3つの言葉で表すと?

ラッキー、ランダム、高カロリー

6

あなたを上げてくれるものは?

糖分

7

今一番興味のあることは何ですか?

絵を描くこと

8

これなしでは生きていけないもの3つ

Wi-Fi、日焼け止め、直感

9

いつも必ず持ち歩いているものは?

携帯、イヤホン、水

10

モーニングルーティンは?

肩ぐるぐる回し。

11

インスピレーションが降りてくるときは?

散歩するとき。

12

時間を忘れるほど夢中になれることは?

制作、特に素材研究がたのしい。

13

あなたにとって最高の贅沢は?

Netflixを見ながら制作すること。

14

刺激を受けるのはどんなとき?

新しい場所に移動する時。人と話す時。いい絵を見たとき。

15

一番好きな色は?

 

16

逆境に直面したときどのように向き合いますか?

まずはご飯食べて寝る。

17

人生で最も重要な決断は何ですか?

拠点をもつかどうか。これは未来の話だけど。

18

人生で最も感動した瞬間は何ですか?

自分がアホだと気がついたとき。

19

最近読み終わった本は?

『21世紀のメキシコ革命――オアハカのストリートアーティストがつむぐ物語歌』山越英嗣

『痛みの〈東北〉論: 記憶が歴史に変わるとき』山内明美

20

好きな作家は誰ですか?

志賀理江子さん

21

本棚にある本で好きなものを3つ教えてください。

『大聖堂』ケン・フォレット

『砂の女』安部公房

『そらまめくんのベッド』なかや みわ

22

今旅するならどこに行く?

メキシコ

23

最近、心を動かされた瞬間は?

ヒルマ アフ クリントの絵を見たとき。
神様ってセンスいいんだなと思いました。

24

最も印象に残っている場所は?

 

25

子供のころからずっと好きで続けていることはありますか?

石拾い。

26

最近よく聴いている音楽は?

ヤンアンドナオミ

27

好きなミュージシャンは?

たま

28

これだけはゆずれないことは?

作品を妥協しない。

29

好きな映画を3つ教えてください。

 

30

今までで一番刺激を受けた出会いは?

幼稚園の時、壁にピンク、黄色、水色の紙がそれぞれ貼られていて、そこから目が釘付けになってしばらく動けなかった。 それでよく絵を描くようになりました。

31

初対面の人に対して最初に目がいくポイントは? 

目の温度。

32

記憶に残っている香りは?

洗いたての犬の匂い。

33

人から受けた最善のアドバイスは?

家を出る時は、財布、携帯、鍵を持っているか確認してから。

34

寝る時に着るものは何ですか?

 

35

大切にしている価値観はなんですか?

考えていることより感じていることの方が多分正しい。とはいえ、考えることも楽しいので考えてしまう…。一人で野にかえる時間が大事です。

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