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PETER PERI
Artist ISSUE 2 2024 AW

現在ロンドンを拠点に活動するイギリス人芸術家、ピーター・ペリ。 2003年にチェルシー•カレッジ • オブ•アーツで修士号を取得した後、ビジュアル・アーティストとして絵画やドローイングを中心とした作品に取り組み、世界各国のギャラリーで数々のソロ&グループ・エキシビションを開催。特に、近年発表している緻密な直線や曲線で構築した作品群は、幾何学的でストイックさを感じさせると同時に、どこか自然に通じる温もりを併せ持つ。そんな相反する要素を絶妙なバランス感覚で共存させる作品を生み出すアーティストに、線という表現方法を選んだ理由とその作品意図について尋ねてみた。

多くのクリエイティブな人や芸術家が集まるイーストロンドンのハックニーエリアにある建物内の一室がアーティスト、ピーター・ペリのアトリエ。コンクリート造りで飾り気のない空間には、異なる形やサイズの定規の数々が雑多に置かれ、無機質なデスク上にはスプレー缶やマーカー、絵の具類が散らばり、まさしくストイックなアーティストの仕事場という風情だ。中庭の壁には、長年にわたり吹き付けられてきたスプレーペンキの層ができており、隅には使い古された定規の墓場のようなコーナーすら見受けられる。そんな、どこか冷たいアトリエの雰囲気とは相反し温厚な印象のペリに、まずは芸術家になった経緯について聞いた。幼少期は、同じくアーティストであった祖父の「抽象的でミステリアスな作品」に囲まれて育ち、子供の頃から芸術に関しては競争心が強かったという。そんな彼にとってアーティストの道を選ぶことはごく自然の流れのように見えるが、2003年にロンドンでデビューを果たすまでの経歴はまるで“直線的なもの”とはかけ離れていたようだ。「若い頃はグラフィティ・アートに熱中していたのですが、僕のスタイルは“タギング”と呼ばれるスプレーペンキの落書きのようなタイプのもので、アーティスティックなカリグラフィーなどとは異なる、破壊行為に近いものでした。その結果、17歳のときに器物損壊の罪で少年院に送られてしまったのです」。そんな辛い経験を経ても芸術への思いは変わらず、少年院から釈放された後の1990年代初頭からは、芸術学校に通いアートを学ぶことを決断。卒業後の2003年以降、本格的なアーティスト活動を開始した。

ペリがデビュー直後に発表した一連の黒い絵画には、グラフィティアーティストが用いるスプレーペンキとマーカーを使用。「このシリーズは、キャンバスにマークを付けてはスプレーをかけるという作業を何度も繰り返し、何か面白いものが浮き上がってくるのを待つ…という即興的でグラフィティに非常に近いものでした」。2010年代にはその即興的なプロセスに飽きを感じ始め、「絵画を別の方法で成長させたい」と思ったのがきっかけで、定規を使って大量の線を描くという現在の独特の手法に変化していったのだという。「正確に線を描くことは、それ以前のスタイルより時間のかかる静かな作業ではありますが、実は僕の中では破壊的なものとして見ています。それぞれの線を切り傷のように考えていて、その切り傷でキャンバスを完全に覆うことで表面をずたずたにしているようなイメージなんです」。このように破壊的な背景を持つ一方で、緻密な線の集合体を完成させるには想像を超える忍耐力を要する。例えば、昨年2023年にリリースしたカラフルな『シントニック・リズム』シリーズで言えば、「まず線の色を約10 色選び、その色を2セットに分け、各セットから異なる色のペアを作ります。絵の対角線に差しかかったらペアの反対色で線を再開します。すると、線はキャンバスの上で水平方向と垂直方向に互いに続き、色と形の予期せぬリズムを生み出すのです」。そんな制作手順からもわかる通り、単一の作品を完成させるには長い時間がかかるのだが、その上、最終的にキャンバスを線で覆った段階でうまくいっていない場合が多く、完成品の大半はスプレーで塗り直して初めからやり直すという作業を繰り返さなければならないのだという。

極細のシャープペンシルとルーペを使用して完全にフリーハンドで描くドローイングも、彼が長年継続している表現方法のひとつだ。「定規を使わず細かい作業を要するドローイングは、元々は自分の忍耐力を鍛えるために始めたエクササイズだったんです。細かい線同士が交わらないように繰り返し線を引く長時間の作業は腕もつってくるし、目も霞んできます。でも、若い頃はそんな集中力を要する作業に身を置くことで精神を鍛えることが必要だと思ったんです」。では、線を紡いで完成させる彼の作品にはどのような意図が含まれているのだろう。「最近では直線を曲線に通して線の方向を変え、予測できない方向転換をさせるという技法を用いています。この表現方法は植物の奇抜な成長過程に似ていると思っていて、僕のアートが自然界のように意外なものであってほしいと思ったゆえのチョイスでした。植物や動物、風景は、時間をかけて見ればいつも意外性のある予測不可能なものですからね」。技法だけに留まらず、手作業に付随する不完全さも作品にオーガニックなエッセンスを与えている。手描きの線は、塊に蓄積されると予期しない不具合や色あせが生じる。定規が曲がっていたり、ペンのインクが薄くなったり、無意識な筆圧の強弱だったりといった不均一さが、デジタルでは絶対に表現不可能な温もりと親近感を作品に与えることに成功しているのだ。「僕の作品は、すべて単一の位置、単一の線から始まります。そしてその個体としての線が秩序に従って繰り返されることで、大きな集合体に蓄積されていく。線が最終的にどんな表情に発展していくのかを常に探求しているんです」。彼にとって、「線は切り裂くと同時に、絵画を成長させる」もの。線に導びかれるままに、まるで取り憑かれているかのように次から次へと線を引いていくことで生まれる作品には、秩序と意外性、有機性と無機性といった相反する価値観が共存し、そのパラドックスが観るものを魅了してやまないのだろう。

最後に、今号のテーマであるオブセッションとアートの関係性について尋ねた。「美術教育を受けていないアーティストや常軌を逸した人たちが作ったアートに共通していると思うのは、執着的なディテール使いです。そこに、彼らの紙やキャンバスなど作品に使用するものの内側に入り込みたいという欲求のようなものを感じます。その欲求という感情には強迫観念のような側面があるのは確かで、その感覚は僕自身もアーティストとして共有しているものだと思っています」

ピーター・ペリは、絵画 やドローイングの作品で知られるイギリス人アーティスト。2003年『ブルームバーグ・ニュー・コンテンポラリーズ』でデビュー。また、2007年4月に『テート・ブリテンのアート・ナウ』、2006年9月にスイスの『バーゼル美術館』で作品が展示され、ロンドンの『ヘイワード・ギャラリー』で開催されたテート・ブリテンのクラシファイドとアーツ・カウンシル・コレクション『How to Improve the World: 60 Years of British Art at the Hayward Gallery』にも出品している。

PHOTOGRAPHY: Jack Orton

INTERVIEW: Aiko Yanagida

Questionnaire

1

あなたは何をしている人ですか?

ビジュアルアーティストです。

2

あなたの仕事で一番好きなことを教えて下さい。

自由を与えてくれるところ。

3

今の仕事をする上できっかけになったことはなんですか?

他のことをしても幸せにはなれないと気づいたから。

4

これまで最も影響を受けた人物は誰ですか?

小さい頃の先生の一人であるハリエット・テーパーと、学生時代の美術の先生だったエヴァ・ガルグリンスカの2人。そして、何よりも妻のエマニュエルです。

5

あなたを3つの言葉で表すと?

粘り強い、楽観的、好奇心旺盛。

6

あなたを上げてくれるものは?

コミュニケーション

7

今一番興味のあることは何ですか?

東アジアの風景画。

8

これなしでは生きていけないもの3つ

普遍的なもの。

9

いつも必ず持ち歩いているものは?

残念ながら、携帯。

10

モーニングルーティンは?

いつも朝7時少し前に起きて、朝食の準備をしてからボクサー犬のミーシャの朝の世話をします。その後に妻が起きて音楽やニュースを聞きながら一緒に朝ご飯を食べます。ここ1年ほどは、新しい詩を毎朝一行づつ覚えようとしていて、もし雨が降っていなければ、庭で数分間詩の一行を覚え始めてから、スタジオに行く準備をします。

11

好きな飲み物は?

ワイン

12

時間を忘れるほど夢中になれることは?

文字を書くことと描くこと。あと残念ながら携帯をさわること。

13

あなたにとって最高の贅沢は?

小説に深く没入すること。

14

刺激を受けるのはどんなとき?

日々の仕事から得られると思います。

15

一番好きな色は?

子供の頃は、確実に青でした。

16

好きな味は?

最近フランスで知ったシュケット。美味しい!

17

人生で最も重要な決断は何ですか?

それが何だか思いつかないです。

18

人生で最も感動した瞬間は何ですか?

膵臓癌で亡くなる前の入院生活最後の数か月間における父の振る舞い。

19

最近読み終わった本は?

30年以上前に読んだオノレ・ド・バルザックの『ウジェニー・グランデ』。

20

好きな作家は誰ですか?

お気に入りの現代作家はハンガリーの作家、ラースロー・クラスナホルカイです。私はハンガリー系ですが、ハンガリー語は話せません。しかし、バイリンガルの詩人ジョージ・スィルテスが彼の作品の英語版を何冊か出版しています。英語圏の方はそれらを探してみてください。

21

本棚にある本で好きなものを3つ教えてください。

『The symbolism of the cross』ルネ・ゲノン

『Empty and Full』フランソワ・チェン

『サランボー』ギュスターヴ・フローベール

22

今旅するならどこに行く?

台北の国立故宮博物院。

23

行ってみたい国は?

イラン

24

最も印象に残っている場所は?

イスタンブールのアヤソフィア。

25

子供のころからずっと好きで続けていることはありますか?

絵を描くこと以外だとヒップホップを聴くこと。

26

最近よく聴いている音楽は?

『22 Theory』Skanks the Rap Martyr 

27

好きなミュージシャンは?

ラッパーのスリック・リック

28

どの曲ならずっと聴いていられる? 

『A children’s story』スリック・リック

29

好きな映画を3つ教えてください

『快楽』マックス・オフュルス

『ダムネーション/天罰』タル・ベーラ 

『ミラーズ・クロッシング』コーエン兄弟

30

最近観た映画で好きだったものは?

『テルマ』ヨアキム・トリアー

『ナポレオン』リドリー・スコット

『マキシーン』タイ・ウェスト

『イマキュレイト』マイケル・モハン

31

初対面の人に対して最初に目がいくポイントは? 

いつも違います。

32

記憶に残っている香りは?

湿気

33

人から受けた最善のアドバイスは?

私はフランシス・ベーコンが若いアーティストへ与えた「エジプト以降の美術史を学び、自分が馬鹿になることを決して恐れない」というアドバイスが好きです。

34

寝る時に着るものはなんですか?

何も着ない。

35

あなたのモットーは何ですか?

続けること。

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