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MARIKO MORI
Artist ISSUE 2 2024 AW

唯一無二、そして象徴的な前衛芸術の表現者である森万里子の芸術には、徹底した現代性があり、時間から解放され、遥かなる過去へ至ると同時に未来を深く予測させるものがある。沖縄の宮古島という離島に立つ素朴で繭のような森の住居“ユプティラ”の強烈な静寂の中で、森はその様子を垣間見せてくれた。外では台風が猛威を振るっていたが、森は茶室で伝統的なお茶をたて、スタジオで一連の幻想的なドローイングを紹介し、自身の心と作品の奥深くに横たわる、人類と宇宙全体を繋ぐ慈愛に満ちたエネルギーにこだわる理由について説明してくれた。

ユプティラは、遠く離れた沖縄の離島である宮古島に立つ、現代美術家の森によるまるで異世界のような住居兼アトリエで、いくつかの理由で非常に印象的である。第一にその外見だ。建物のシルエットは驚異的な曲線から成り、まるで銀河に浮かぶイグルーか神話に登場する海洋生物の巨大な頭蓋骨のようである。一面に広がる背の高いさとうきび畑の中を走る幹線道路を進んで行くと、まるでエイリアンが乗った宇宙船が不時着したかのような景色が目に飛び込んでくる。しかし森は、これはもっと地に根差したローカルなものからインスピレーションを受けた意図的なデザインだと断言する。それは周囲のビーチに散りばめられた、色褪せたサンゴの丸石に由来する。自然の中に身を置く森を、まるで繭か先史時代の洞窟のように守るユプティラは、摩耗したその白い外観からもわかるように、時に厳しい沖縄の気候からも森を守っているのだ。

 

第二に、この家には明らかな入り口がないこと。巨大な石擁壁に囲まれた白い台の上にそびえ立つ建物のふもとに到着すると、ガレージと真っ白なユーティリティドアが目に入る。左手の開口部を開けると、急なジグザグの階段が現れ、慎重に上り始める(雨が降っている場合はより一層注意する必要があるだろう)。その階段は外へと続いていて、階段を上り切ると、建物全体を囲む広いテラスに出る。周りの光景を意識しながら一歩一歩慎重に進むと柔らかいアーチの奥にもう1つのドアが現れる。上部の2つの小さな二色舷窓がある以外、目立った印はなく、ささやくように玄関ということを示しているが、目立った主張はしていない。そこでドアが静かに開くと、流れるような白いドレスを着て控えめにほほ笑む森が我々を迎えてくれた。非常に謎めいていながらも同時に温かく無邪気な様子で、森は玄関に我々全員分の白いスライドサンダルを並べ、家の中へと招き入れた。

沖縄の地元の神の名から名付けたというユプティラは2022年に完成したが、その独特な設計には5年が費やされた。まずはサンゴ混じりの土壌の奥深くに頑丈な基盤を探し当て、次にこの建物の曲線を再現するのだ。外観は1人の職人が3か月かけて単独で仕上げたという。「ここに住むことは私にとって15年来の夢でした」と森は言う。「それがやっと実現したんです。この家は私の誇りです。隅々にまで愛情を持っています」。森は笑顔でこう付け足した。「もうここを離れたくない!」。このように壮大で野心的なビジョンを抱き、熱心に長期間作品に取り組む姿勢は、森を代表する一つのスタイルになりつつある。10年以上の時間を費やす作品も少なくなく、その都度世界各地から集まる製造業者、構造エンジニア、量子物理学者などを指揮しなければならない。このプロセスは、一見すると、非常に高度なコントロールと判断力が求められるように思えるが、森は人生においても芸術においても、執着心を手放すということを学んできた。 


「私は一つの信念を持っています。それは、身に起こる出来事を安易に「良い」や「悪い」と判断しないこと。古くから中国に伝わる諺「塞翁が馬」にもあるように、一見して良いと思えることが必ずしも良い結果をもたらすわけではなく、逆に悪いと思えることが予期せぬ幸運を導くこともあるという教えです。ですから、出来事を即座に評価するのではなく、まずはありのままを受け入れるという心構えを大切にしています」。 

時に「異質」「現実味のない」「神秘的」などと形容される森の多くの作品と同様に、完成したユプティラは驚異的だ。平凡な細部までもが並々ならぬものに見える。私はバスタブを目にしてハッと息をのみ、数々のドアノブに驚き、天窓を凝視して夢中になった。森にとって初の建造プロジェクトであるこの家は、アーチ形のラインと玉虫色の表面という彼女独自の表現力を総動員し、脈動しているのだ。地面に打ち付ける巨大な雨粒のようなアクリルの踏み段。2003年のWave UFOのインスタレーションを思わせる、乳白色のスイレンのような階段が、柔らかく超自然的ならせん状に浮かびながら太陽の光に向かって伸びている。圧倒的で完璧な白い広がりが異常な想像をかき立てる。あの床に落ちているのは私の髪の毛か? 下ろしたての靴下を持って来るべきだったか? 一体なぜ私はオレンジのショートパンツを履いてきてしまったんだ? 

外の岩場に静かに打ち寄せる波のように、それは森が芸術の中に永遠に追求し続ける、絡み合った魅力の濃縮された衝突でもあった。循環する結びつき、古い伝統と最新テクノロジー、地球上の存在と宇宙の超越性、人々の繋がりと自然との関係。その全てが一つになったものが、森に華やかなアーティストキャリアを求める東京、ニューヨーク、ロンドンから遠く離れたここにあった。「私にとってこの場所がとても意味深い理由の一つは、自然と一体になれること。でも同時に、それは自分自身と対峙することでもあります。本当の自分というのは、自然を前にしたときに現れると信じているから。意識の本当に奥深くまで行くことができるんです」と彼女は説明した。「そのとても地に足がついている感覚は、都市の日常生活では滅多に得られません」。そして「ここではひとり」と彼女は続けた。「ここに来る目的はひとりになることですから」。そのために、森は数日の空きを見つけてはユプティラに足を運ぶ。ここには、森が根本的な人生の探求とする伝統的な規律を実践できる空間と時間がある。森はほぼ毎日瞑想をし(時折、代わりに自然の中で瞑想的な散歩をすると明言した)、2階の巨大なスタジオから少し離れたくぼみにある小さな机で、伝統的な日本の書道を行う。なぜならそこにある一つの卵形の窓から注ぐ太陽の光が、墨を完璧に照らすからだ。

 

森は1階にあるミニマリズムを踏襲した茶室で我々にお茶を出してくれた。茶室の装飾は、必要最低限の茶道具と、我々の背後にある床の間に飾られた一輪の白い花だけである。小さなお盆を手にした森は、注意深い所作で透明な扉を通り中に入ってきた。まず、扉にひとつだけあいた丸い穴をほんの少しだけ引いて開け、次に優しく両手を添え、正確に測ったように扉を全開する。畳に膝をつくと、森は細長くまるでシャクトリムシのように丸まった和菓子をのせた温かみのある玉虫色の四角い皿を、ひとりひとりの前にきちんと置いた。そして短く微笑んだ後、入ってきたときの動作を一通り完璧に逆回転して行い、静かに背後の扉を閉めて茶室から退室した。少し経って再び現れた森は、光沢のある茶碗に入った泡状の抹茶を提供してくれた。森と日本の伝統的な茶道との関係は幼い頃から続くものだという。祖母が茶道の先生であったため、森は3歳の頃からお茶の伝統に浸り、30歳のときに真剣に茶道の稽古を始めた。

1994年に突如アートシーンに現れたのも、森がティ・セレモニーと名付けた写真シリーズがきっかけでもあった。それは、OL姿の宇宙人に扮した森が日本のサラリーマンにお茶を出す姿で、ジェンダーの役割に関する森の声明だった。 森と向き合った私は、これらの伝統的な稽古が作品にどのような影響を与えているのか尋ねてみた。「このような文化的基盤は、私が作品のコンセプトを考える際に大きな指針となります」と森は言った。 森は存在をマッピングする際に、人類は自然との交わりの中で生活を楽にするためにテクノロジーを使うとみなしている。だが、未来を形づくるためにどのようにテクノロジーを使うべきかにおいて、人間にはガイダンスが必要であり、それを与えてくれるのが伝統だという。「我々がどの方向に向かうべきか、自然を破壊する可能性はないか、それらを判断する上で揺るぎない基盤となるのが伝統です。伝統には智慧が組み込まれていますから」。 私は、宗教も同じような役割を果たすのかという質問をしてみた。「そうとも言えるでしょう。私たちの道徳は宗教に基づいています。でも、新しい時代や新しい世の中のビジョンに対して今や機能しないルールもあるので、ルールの形を変えたり調整する必要があるのです。私たちはもっと自由に、もっと平等に、もっと繋がって、一体感を持ちたいと願っています。それを達成するには、古いルールでは対応できない場合があり、新しい道徳に相応しい新しいルールを創る必要があるのです」。

言わずもがな、森は全ての作品を通じて、次元間の高い精神性を探求しているようだ。実際に、この壮大で実在的な問いに答えるために、森は人生のほとんどの時間を費やしていると言える。9歳で神の存在に好奇心を抱き毎週礼拝に通うようになり、23歳のときに父親が早逝したことが、禅仏教と密教に深い興味を抱くきっかけとなった。しかし次第に研究の限界を悟る。「私は脳で理解しようとしていたんです。でも脳は胃や肺のように機能するものであり、精神や魂や心とは違う」

2016年、深い瞑想中に森の心はとうとうその答えを見出だした。「霊的な経験をしました。それが“偉大な光”との出会いです」と森は語る。「私にはそれが全ての創造物、全ての生き物や物質の源であると感じられた。私たちはみなこの“偉大な光”から生まれたと。この世界だけでなく、マルチバースを含む広大な宇宙の領域全てが。“偉大な光”は時間や空間に制限されず、大きな愛と慈悲に満ちたものなのです」。森と“光”との遭遇はこれが初めてではない。森は1998年にもこれほど直接的ではないにせよあるビジョンからインスピレーションを受け、それ以来その体験に対する熱望的な賛辞の印として毎日白い衣服だけを身に着けるようになった(我々は滞在中、写真撮影の準備を待つ森にグレーのバスローブを手渡したが、丁重に断られた)。そして意外にも、2016年の体験は更に奥深いインパクトを森に与えたのだ。それは初恋のような感情であり、自然の美しさを目撃することのようであり、母性のようなものだと例を挙げながら、森はそれがただただ計り知れないほど壮大なものだと説明した。あまりにも感情がこみ上げて涙が止まらなかったこの体験が、森の人生を、そして芸術を変えたという。「あのとき受け取ったメッセージは常に意識しています。絶対に忘れたくないので、いつも自分に言い聞かせながら、このエネルギーを何かしらの方法で作品を通じて表現しようと思っています」と森は言う。

「私は、アーティストでいられることに深い感謝の念を抱いています。なぜなら、偉大なる光のエネルギーを感じ、それを作品を通して表現することで、この光を世界にもたらすことができるのではないかと信じているからです。この役割こそが私の1つの使命と感じており、その想いを胸に、全身全霊で日々向き合っています」

我々の訪問中、そのエネルギーの新鮮味はより一層増していた。この8年間で初めて、森は再び“偉大な光”に遭遇したのだ。「もしかしたら、もう一度経験したいという私の執着心が強すぎたせいで、あれ以来一度も経験できなかったのかもしれません。ところが、先週…」と、森は瞳を輝かせながら言葉を切った。「先週それが再び起こったんです!」。上階にある森の広大なアトリエには、森が献身的に取り組んできた27枚の一連の大作のドローイングが整然と並べられていた。ポータルから放射されたリングが、温かみのあるエレクトリックカラーと天の光子によって、1つ1つが微妙に異なる“偉大な光”を抽象的に表現している。その1つを手に取り、森はパステル絵の具のセットと共に机に着いた。外の台風をよそに、森は我々に向かい側の扉を開けるよう勧めた。その扉とは床から天井まで連なるガラスでできており、広大な海を見下ろすように全開にされていた。風と雨が洞窟の入り口から吹き込むようにスタジオの中を駆け抜ける。間違いなく森のドローイングが部屋中に吹き飛んでしまうと、私は息をのんだ。だが驚いたことに、ドローイングは微動すらせずそこに横たわっていた。自分の強いこだわりが詰まったその部屋で、敬虔な芸術作品と大自然の静かな対話に接する森自身も、全く動じていない。


しばらくして私は、森がこの体験をする前の作品、つまり手放すことを学んだり、存在に対する理解を開放する前の作品について異なる印象を抱いているのかと尋ねてみた。「今は姉の立場で、以前の作品は妹が作ったような感じです。決して今の方が良いという意味ではなくて。当時の私の方が、もっと純粋なモチベーションを持っていたかもしれません。ビジネスとは無関係でしたから、本当の意味で自由でした。魂が自由でした。もしかするとあの頃の作品が私のベストだったかもしれません。それは誰にもわかりません」。そして森はこう続けた。「でも最初は、私も妥協することができなかったんです。とても頑固で、全てをコントロールしようと必死になって、予想外のものという真のギフトの存在やその美しい機会が全く見えていませんでした。でも、心を開いてそれらを受け入れ始めたら、自分の作品ももっと楽しくなってきたんです。そして、こういう言い方が良いのかわかりませんが、もっと魔法のような不思議な感覚が生まれてきました。若い頃にはわからなかったけれど、ほとんど奇跡のような体験を通じて、次第にそれが見えるようになってきました。作品に自分が驚かされるようになりました」。「それはいいことなんです」と森は静かにほほ笑んだ。「すごくいいこと」

東京生まれの森万里子は、数々の受賞歴を誇り世界から絶賛されている前衛芸術家。東京の文化服装学院、ロンドンのチェルシー・カレッジ・オブ・アーツ、ニューヨークのホィットニー美術館インディペンデント・スタディ・プログラムを修了。1994年の活動初期からさまざまな領域の知識や技術を横断し、その芸術的実践においても、過去と未来、宗教と科学、伝統とテクノロジー、そして人間の存在と宇宙の広がりなど、往々にして対極にあるとされるコンセプトを予想外に交差させることを追求している。

PHOTOGRAPHY: Aya Sekine 

STYLING: Yoko Miyake

HAIR & MAKE-UP: Sachi Yamashita at Saint Germain

INTERVIEW & TEXT: David Kenji Chang

CLOTHES: JIL SANDER, TOGA, MARIKO MORI 《Peace Crystal Jewel》 Edition: 100

Questionnaire

1

あなたは何をしている人ですか?

アーティスト

2

あなたの仕事で一番好きなことを教えて下さい。

自由

3

今の仕事をする上できっかけになったことはなんですか?

偶然

4

これまで最も影響を受けた人物は誰ですか?
その理由も教えてください。

千利休

彼はマルチアーティストの先駆けの一人でした。

5

あなたを3つの言葉で表すと?

夢想家、クリエイティブ、負けず嫌い

6

あなたを上げてくれるものは?

自然

7

今一番興味のあることは何ですか?

古人類学

8

これなしでは生きていけないもの3つ

愛、自由、夢

9

いつも必ず持ち歩いているものは?

ピース、クリスタル、ジュエリー

10

モーニングルーティンは?

ウォーキング、瞑想、書道

11

好きな飲み物は?

抹茶

12

時間を忘れるほど夢中になれることは?

自分の作品を作ること。

13

あなたにとって最高の贅沢は?

自然の中で時を過ごすこと。

14

刺激を受けるのはどんなとき?

15

一番好きな色は?

16

好きな味は?

シンプル

17

人生で最も重要な決断は何ですか?

結婚

18

人生で最も感動した瞬間は何ですか?

出産

19

最近読み終わった本は?

『メタモルフォーゼの哲学』エマヌエーレ・コッチャ

20

好きな作家は誰ですか?

鈴木大拙

21

本棚にある本で好きなものを3つ教えてください。

『唯識の哲学』 横山紘一

『無心ということ』 鈴木大拙 

『サイクリック宇宙論−ビッグバン・モデルを超える究極の理論』ポール・スタインハート、ニール・トゥロック

22

今旅するならどこに行く?

エチオピア

23

行ってみたい国は?

インド

24

最も印象に残っている場所は?

アマゾンの熱帯雨林

25

子供のころからずっと好きで続けていることはありますか?

遊ぶことと祈ること。

26

最近よく聴いている音楽は?

サイモン&ガーファンクル

27

好きなミュージシャンは?

池田 謙

28

どの曲ならずっと聴いていられる? 

チェロ奏者パブロ・カザルスが弾くバッハの無伴奏チェロ組曲 

29

好きな映画を3つ教えてください

『2001年宇宙の旅』 スタンリー・キューブリック

30

最近観た映画で好きだったものは?


31

初対面の人に対して最初に目がいくポイントは? 

32

記憶に残っている香りは?

お茶室のお香

33

人から受けた最善のアドバイスは?

自分を信じること。

34

寝る時に着るものはなんですか?

ナイトドレス

35

あなたのモットーは何ですか?

諦めないこと。

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Biannual style magazine introducing fashion, art,
culture and travel with an original perspective.

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