KAZUHITO
KAWAI
Artist
ISSUE 4 2026 SS
川井雄仁の作品を前にすると、しばらく言葉を失う。土を積み上げ、釉薬を幾重にも重ねて焼き上げられたその姿は、「陶芸作品」という言葉が連れてくるイメージをたやすく裏切る。整然とはしていない。けれど、美しさを否定することもできない。見慣れた美しさとは違い、独自の形を生み出している。90年代のファッションに強く影響を受け、アートの世界へと導かれる。イギリスの美術大学でファインアートを学び、サラリーマン生活を経て、やがて陶芸と出会う。現在は茨城県・笠間を拠点に制作を続けている。土との対話のなかで何が生まれ、どこへ向かうのか。その奥に潜む渇望について、聞いた。
「中学生の頃からファッションがとにかく大好きで、『smart』を読み、メンズ雑誌のカルチャーの中で育ちました。当時はまだYouTubeもなく、インターネットも今ほど身近ではなくて、大内順子さんがコレクションを解説する『ファッション通信』を食い入るように観ていました。ジョン・ガリアーノが放つ圧倒的な物語性やマルタン・マルジェラに漂うどこか不穏で実験的な空気に強く惹かれました。服というより、アートとしてのファッションに心を奪われていたんだと思います」。高校生のとき美大進学を決め、卒業後はイギリスの大学へ。ファインアートを専攻し、主にインスタレーションや映像作品を制作していた。ロンドン生活は、少々過酷で、もともと繊細なところがある彼には、文化的なギャップも大きく、コミュニティになかなか馴染めなかったようだ。大学卒業後は、日本に戻り、東京でまさかのサラリーマン生活を経験するも、「サラリーマン社会のヒエラルキー」について行けず、「お金を稼ぐことより手に職を持ったほうが自分には合っている」と気持ちを整理し、地元に帰ることを決めた。関東有数の陶芸の産地・笠間で、無料で学べる窯業指導所に入学し、最初はリハビリみたいな感覚で小鉢を作っていた。
初めての陶芸作品についてこう話す。「制作することから離れていたので、作ることが少し怖くて。でも、ある時窯のスペースが空いたから好きに使っていいと言われ、土を砕いたり、乾燥した土を生の土に混ぜたりしながら、ひびの入り方が面白くて、夢中で作っていたらスイッチが入った。社会人時代の鬱憤が溢れ出てきたんです」。それが彼を再び制作へと向かわせる力に。それとはまた別に「みんなが同じ図面で同じサイズのお皿を轆轤で作り、同じ釉薬をかけて焼くという授業で、窯を開けたとき、どれが自分のものかわからなかったんです。ある意味、アイデンティティのないものを作っているのだから当然かもしれないけど、それがとても屈辱で、すごく嫌でした」。学校では技術を学ぶだけではなく、アーティストとして自分の内側にある感情や違和感が、土に触れることで少しずつ形になっていった。
彼のスタジオの壁には、ほとんど余白がない。昭和のキャラクター、アニメ、ファッション写真、風景、政治や音楽、さまざまなカルチャーにまつわる出来事や人物、膨大な視覚の断片が幾層にも貼り重ねられている。完成図を示すためのものというより、思考そのものが剥き出しとなって表現されている。ここから制作が始まることもあれば、出来上がった作品を振り返って、「自分はこういうことをやっていたのか」と気づかされて、改めてイメージを集め直すこともあるという。「ロンドンでは、まずコンセプトを決めて、それを具現化するためにリサーチするやり方だったけれど、今はどちらもある。行ったり来たりしている感じ」だとムードボードの在り方について説明してくれた。常に好きなものに囲まれながら、更新を重ね、今も進化し続けている。
川井の作品制作の⼯程は、かなりの時間を必要とする。物にもよるが、成形にはおよそ1、2ヶ⽉。その後、釉薬の⼯程に⼊り、幾重にも重ねるためさらに3週間ほどかかる。加えて、スポイトで⾊を⼀粒ずつ置いていく装飾する作業もあり、窯に⼊れるまでに数ヶ⽉という時間が積み重なる。「⼀度経験して⼤変だとわかったら、やめるのが普通かもしれない。でも僕はちょっとアホなのか、リセットされちゃうんです(笑)」。あれだけ⼤変だったのにと思いながらも、どうしても欲しいもののために繰り返す。「こんな感じになるはず」と想像し窯に⼊れ、実際出てくるのは、感覚的にかけた⼿間の3分の1ほどしか残っていないのだという。「あの⼯程を挟むべきだった」と後悔し、気づけば⼯程がどんどん増えていくことになる。だから、「失われることを前提に逆算して」作り込んでいかなければいけないのだ。
作品を作る⼒はどこから⽣まれてくるのか。「“怒り”なんだと思う。少し短絡的な⾔い⽅かもしれないけれど……。展⽰のときに作品を改めて⾒返して、テーマを考える過程で気づくことも。カウンセリングを受けて⾃分を掘り下げていくと、抑えていた怒りや抑え込んできた感情に気づくことがある。それが作品の中に⼊っている」。セルフセラピーの要素はあるのか聞くと、「セラピーとは少し違う」と前置きしながらも、作品に⾃分が寄り添えることがある、それが救いだと話す。⼟の⼿触りについても強調する。「触りながら作ることがとても⼤切。絵画は⽩いキャンバスにゼロから構図を設計していくけれど、⼟は触ると凹む。そこから気づきがあって、ドライブがかかっていく」。⼟と対話し、それによって変化が⽣まれ、その形が積み重なり、やがてひとつの構造が形になる。
彼にとっての「美しさ」とは何か。そう尋ねると、意外な問いが返ってきた。「納⾖って美味しいですか? ⼦供の頃から好きでした?」。⾼校⽣の頃、⽔⼾芸術館の本屋で⽬にしたポール・マッカーシーの画集。当時は“⾒られなかった”と⾔う。けれど今なら、⾒られるかもしれない。そうやって、⾃分の中での境界線が少しずつ広がっている。「今、⾃分が思う美しさを断⾔することはできない。⼈間は、美しさを考えることで作り出せる。例えば、概念そのものや、“平等”のような価値観を美しいと思うこと。コム・デ・ギャルソンのこぶドレスも、⾝体と服の関係性を問い直す哲学があるからこそ美しいと感じる。コンセプトは⼤事なこと、それをステートメントとして⾔葉にすることも重要」。⼀⽅で、「この⾊がきれい」「この質感がいい」といった直感も確かにある。それらを彼らしい形にしようとしているところなんだと。「ひとつの作品を出して何かが変わるとは思っていない。出し続けることで、いろんな⼈の中に少しずつイメージが蓄積されていく。あるとき、“これが美しさなのか”と変わることがあると思う。僕はまだそこまで⾏ってないので、少しずつ作品を発表して、露出を重ねることで、いろいろな⼈の中に、⾃分の重さみたいなものを蓄積させていきたい」
作品を作り始めて7年、常に「なぜ器形状を作り続けているのか」と⾃分に問題定義してきた。「典型的な⽇本⼈的思考だけれど、⾃分の感情よりも、『こうなったら、今はこうするほうがいい』と無意識に判断していることが多い。その在り⽅にどこか違和感を抱きながらも、完全にそのシステムから抜け出すこともできなくて。でも、その思考が、⾃分にとって“器”がメタファーだと気づいて、腑に落ちた」
展⽰についても同じ姿勢がある。ユニークなタイトルや空間設計は、奇をてらうためでなく、来場者と本当の意味でコミュニケーションを取りたいという思いから⽣まれる。「⾃⼰満⾜で終わらせたくない。来てくれる⼈にどう楽しんでもらえるか」を常に考えている。新しいかどうか、批評的にどうかよりも、彼は誠実であることを選ぶ。「誠実になろうとすると、⾔い切れなくなる。⾔い切ったほうが早いし強いけれど、なかなか難しい」と⾔う。あの巨⼤なムードボードの中で常に思考することが繰り返されていくのだ。
Questionnaire
1
-
あなたは何をしている人ですか?
-
アーティスト
2
-
あなたの仕事で一番好きなことを教えてください。
-
経験したことすべてが作品につながるところ
3
-
今の仕事をする上できっかけになったことは何ですか?
-
地下鉄で見た『いいちこ』のポスター。
「いろいろあったと、今は思う。」というコピー。
4
-
これまで最も影響を受けた人物は誰ですか?
-
ジョン・ガリアーノ
5
-
あなたを3つの言葉で表すと?
-
二面性、強迫的、衝動的
6
-
あなたを上げてくれるものは?
-
ハイフ
7
-
今一番興味のあることは何ですか?
-
IQについて
8
-
これなしでは生きていけないもの3つ
-
スマホ、日焼け止め、電動歯ブラシ
9
-
いつも必ず持ち歩いているものは?
-
リップクリーム
10
-
モーニングルーティンは?
-
ご飯、洗顔、保湿
11
-
インスピレーションが降りてくるときは?
-
突然
12
-
時間を忘れるほど夢中になれることは?
-
制作。いつもダラダラと長時間作業をしていて、そろそろあがろうとしたタイミングでゾーンに入る。
13
-
あなたにとって最高の贅沢は?
-
予定調和
14
-
あなたはどんな時に渇望を感じますか? それは何にでしょうか?
-
分かり合えないと確信した時。防衛反応。
15
-
一番好きな色は?
-
オレンジだったけど、ある政党のせいで嫌いになった。
16
-
逆境に直面したときどのように向き合いますか?
-
祈る。
17
-
人生で最も重要な決断は何ですか?
-
美大に行こうと決めた時。
18
-
人生で最も感動した瞬間は何ですか?
-
分からない。
19
-
五感のうち、あなたの欲望をもっとも刺激するのはどれですか?
-
視覚
20
-
好きな作家は誰ですか?
-
フリードリヒ・ニーチェ
21
-
本棚にある本で好きなものを3 つ教えてください。
-
『ツァラトストラはこう語った』フリードリヒ・ニーチェ
『第四の性(The Fourth Sex)』フランチェスコ・ボナミ、ラフ・シモンズ
『後ハッピーマニア』安野モヨコ
22
-
今旅するならどこに行く?
-
尾道
23
-
最近、心を動かされた瞬間は?
-
エリートで完璧な道を歩んでいた従兄弟と、実は同じ欠落感を抱いていたと知った時
24
-
最も印象に残っている場所は?
-
アウシュビッツ
25
-
子供のころからずっと好きで続けていることはありますか?
-
ないと思う。
26
-
最近よく聴いている音楽は?
-
矢野顕子
27
-
好きなミュージシャンは?
-
グレイプバイン
28
-
これだけはゆずれないことは?
-
紙ストローは無理。
29
-
好きな映画を3つ教えてください。
-
『リリイ・シュシュのすべて』岩井俊二
『ガンモ』ハーモニー・コリン
『その男、凶暴につき』北野武
30
-
好きな食べ物を3つ教えてください。
-
馬刺し、和光のメロンパフェ、おこわ
31
-
初対面の人に対して最初に目がいくポイントは?
-
顔
32
-
記憶に残っている香りは?
-
ジョンマスターで昔出してた、
オレンジとバニラが混ざったお菓子みたいなボディークリームの匂い。
33
-
人から受けた最善のアドバイスは?
-
正解のない世界だから
34
-
寝る時に着るものは何ですか?
-
2軍落ちしたスウェット。
35
-
大切にしている価値観はなんですか?
-
決めつけないこと。